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第4話 智一Side

「おら、なにボさっとしてんだよ。成田」

突然頭に重い衝撃を受け、私― 成田智一 ―は瞼を上げた。薄暗い部屋の中。私の目の前では、パソコンが青白く光っていた。カチャカチャというキーボードを叩く音があちらこちらから聞こえる。その耳障りな音に、次第に意識がはっきりしてくる。

そうだ、私は会社で仕事をしていたんだ……。

壁にかけられた時計に目を向けると、その針は2を指している。

「そんなことしてたら今日も帰れねぇぞ」

「はい……」

この前自宅に帰ったのはいつだったか。ぼんやりとした頭では思い出すことができないほど、随分昔のことだったように思う。
最近では、家に帰ることさえままならず、ネットカフェでシャワーを浴び、コンビニで朝食を買って会社に戻るのが日課になっていた。
今の楽しみといえば、2時間の仮眠だけだ。
私が今務めているのは、玩具の製造・販売を営む企業だ。業界ではある程度のシェアを占め、大手と呼ばれる部類に入る。
子どもの頃からプラモデルを組み立てるのが好きだった私は、この会社に採用が決まったとき、心から喜んだ。
そのときは多くの子どもに夢を提供する企業がまさかサービス残業・連勤が当たり前のブラック企業だとは知らなかった。

そんな生活を続け、限界をとっくに超えていた私は、あるとき、取り返しのつかないミスをしてしまった。部品の発注ミスを犯し、製品の製造がストップしてしまい、会社に多大な損害を与えてしまったのだ。解雇されてもおかしくない状況だったが、これまでの残業代を会社に請求しないという条件で、私は秋葉原にある電子部品を販売するパーツショップの店員としてやり直す機会を得た。

ペナルティーという意味合いもあり、給与額はガクンと下がった。だが、本社に務めている時と違い、パーツショップで働き始めてからは、週に1度の定休日は確実に休むことができた。
それに、秋葉原のパーツショップに訪れるお客さんは、みんな知識が豊富で、話していると、初めて知ることや改めて気づくことも多かった。
大人になっても子どもの心を忘れないで無邪気に話す彼らを見ていると、私自身もあの頃に戻ったかのような気分になった。パーツショップで働き始めたのは降格したからだったが、私にとっては幸いにも身体的・精神的に回復するきっかけとなっていた。

パーツショップで働き始めて2カ月が経過した頃、私は、仲良くなったお得意さんからあるメイドカフェの噂を聞いた。

「ね、成田さん! 今度、一緒に行きましょうよ」

「いえ、すみません。私はどうもああいうお店が苦手でしてね……」

元来真面目な性格で、羽目を外すのが苦手な私にとって、可愛らしい服を着た10代、20代の女の子たちに迎え入れられるメイドカフェというお店は、できれば足を踏み入れたくない場所だった。

「もったいないですよ、せっかく秋葉原にいるのに。それにあきかふぇは他と違いますから!」

「何が違うっていうんです?」

「あそこはとにかくお客さんに楽しんで帰ってもらいたいという気持ち一心で頑張っているお店なんですよ。むしろお客さんも一緒になってお店を盛り上げている感じで。それに、お店の女の子たちもすごく自然体なんで、成田さんもきっと気に入るはずですよ」

「はぁ、そうですか」

私は、力説する彼について行けずに、ただ無碍にすることもできず曖昧に返事をした。自分で足を伸ばしてみようなどとはとてもじゃないが、思わない。メイドカフェなんて秋葉原のそこら中にある。きっとそのお店に彼のお気に入りの子がいるから特別視しているだけで、そのお店も他のメイドカフェと変わらないだろう、と思っていた。
そんな私の気持ちに気づいたのだろう、彼はそれ以上何も言わずに、目的の部品を購入して帰って行った。

その日の夕方、1人の女の子がお店に来た。ピンクのメイド服を着たツインテールの女の子だった。
メイド服を着た女の子が普通にお店に来るのは秋葉原の特徴だろう。最初は驚いていたが、今は特別驚くこともなくなり、普通に対応できるようになった。

「いらっしゃいませ」

「どうも」

「何かお探しですか?」

女の子は鞄から1枚のメモを取り出して、私に手渡した。

「なるほど、わかりました。全部ありますよ。ちょっと待っててくださいね」

私はそのメモに記載されている部品を取りに、いったん店の奥に戻る。最近、理系の女子大学生も増えてきているせいか、それくらいの年代の女性のお客さんも増えてきていることは事実だが、学校で使うようなものでもないマニアックな部品を、いったい何に使うんだろうか。
部品を手に戻ってきた私は、彼女に尋ねてみることにした。

「こんな部品、何に使うんですか?」

「実は今度お店で電子工作教室を開催するんです」

「へぇー」

「お客様と私達メイドの声を録音して、その声で起きられる目覚まし時計をを作ろうと思っていて」

「え!? そんな難しいの作れるんですか?」

「え、えぇ、まぁ。私、これでも2アマの資格持ってるくらい、理系女子なんですよ」

2アマといえば、第2級アマチュア無線技士のことで、合格率30%程度の国家試験だ。メイドカフェで働く女の子には縁遠い資格だと思うのだが……。

私は純粋にこの子に興味を抱いた。

「2,2アマですか?」

「はい。いつか自分で作った無線機を使って世界中の人たちと会話を楽しむのが夢なんです。

これには正直驚いた。アマチュア無線っていうと無線機を買って来てマイクを片手に会話を楽しむだけかと思われがちだが、確かに自作の無線機で正式に免許を受けることは可能だ。
ただ、最近ではそこまでこだわる人も少なくなっていて、アンテナなどを自作している自分にとっては妙に親近感を覚える相手だった。

「どこで働いてるんですか?」

「あきかふぇってところですよ。あ、よかったら店長さんもイベントに参加してもらえませんか?今度の週末ですから」

「あ、あきかふぇなんですか!?」

思わぬ偶然に、私は驚いた。他のメイドカフェとは違うと聞いていたが、どうやらそれは本当らしい。
私の反応に彼女もまた驚いていたが、すぐに笑顔に戻った。

「わ、わかりました。今度の週末、行きますね」

私1人が行ったところでほとんど何も変わらない。それなのに、目の前の女の子は、本当に嬉しそうに笑った。
笑顔の似合う、可愛らしい子だと思った。


原作 秋葉るき
小説 村島モモ
工作部分監修 なっぱ