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★ Nana Side

「だ、だいじょうぶぅ?」

ポンポンと誰かが肩を叩く。それはとても、とても小さな手で、意識を手放した私が簡単に気づけるようなものではなかった。

「ねぇーーえ! おぉーいってばー!」

「めめ、そんなに大きい声を出したら……」

「だって! 全然気づかないんだもん!」

不機嫌そうな声は次第に大きくなっていく。

「あ、あの。大丈夫ですか?」

もう1つの手が私の膝に触れる。それは私の膝頭を覆い隠す程度の大きさでしかなかったが、さっき私の肩に触れた手の感触に比べると、巨人のような手だった。私はその手に起こされ、重いまぶたを開く。

「あ、待って。めめ、そんな近くにいたら、またっ!!」

「ん?」

―――私の鼻にいまにも触れそうなピンク色のそれは、背中にいくつもの突起がついていて――。くりりっとした目はどう見ても作り物のそれなのに、私の瞬きに合わせるかのように数回瞬きをする。……ありえない。

「あ、ダメ。気絶しないで」

私は再び意識を手放しそうになり、ふらっと後ろに倒れかける。瞬時に支えてくれた何かに「ありがとう」と肩越しに後ろを振り向いた私の目に映ったのは――、大きな頭をした茶色の……ぬいぐるみ。

「お、重いよぉ……」

それは泣きそうな顔をしながら両手を精一杯押し上げて、私を確かに支えている。どう見たってぬいぐるみなのに、意志を持っているとしか思えない動きをしていた。

「ふにゃあああああーーーーーーー!!!」

「うるさい、この人」

ピンクのそれが明らかに不満そうな声を出すけれど、そんなの知らない。ぬいぐるみに支えられているという、日常では決して起こりえない環境から少しでも遠ざかりたくて、私はパッと体を起こす。そして、自分でも驚くくらい俊敏に、サササと床の上を移動し、背中を壁に預ける。

「……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫じゃないにゃ!!」

しゃがみこんでいた女性が心配そうに――ほんの少し呆然としたように――私に視線を送る。

「なんであなたはそんな風に平然としていられるのにゃ!?」

「えっとぉ……、もう慣れたから……?」

「な、慣れるもんなのかにゃ?」

――そうか、きっとこれは私の夢なんだ。そうに違いない、と私はゆっくり目を閉じ、もう1度開く。……しかし、視界には相変わらず3匹の恐竜のぬいぐるみとこっちを心配そうに見遣る女性。パチパチパチパチと素早く瞬きを繰り返してみるけれど、一向にその光景が変わることはない。意を決して頬を思い切りつねってみるけれど、ただ痛いだけだった……。

「変わった人ね、そんなにほっぺた真っ赤にして楽しいのかしら?」

「痛くないの……?」

「落ち着いてください。僕たちは危害を加えませんから」

誰の、いや、何のせいで私がこんなことをしているのかちっとも意に留めることなく、ぬいぐるみたちは勝手なことを口にする。

「とりあえずこれは夢じゃないので、落ち着いてください。私もさっき話を聞いたばかりで、若干信じられないんですけど……、ここは……」

そう前置きすると、彼女は冷静な口調で、“おとぎ話”を語り始めた。

ここは魔女が残した喫茶店――。来る者みんなが笑顔になる不思議なお店。

それまで長い間ふさぎ込んでいた者も帰る頃には心から笑えるようになっていた。

この喫茶店を営み、街のみんなから愛された魔女の願いはただ1つ。

この街をもっとたくさんの人に楽しんでもらえる街にすること――。

しかし、その願いを叶えられないまま、魔女はある日忽然と姿を消した。

残された3匹の使い魔たちは、来客を待ち続けた。

この喫茶店の扉を開く者……それは、魔女の意志を継ぐ者たち。

☆ Risa Side

私自身、にわかには信じられていない話を、彼女はとても真剣に聞いてくれた。現に信じられないことが起きている以上、一笑に付すことができなかったのだろう。

「あはは……、そ、そんなの信じられないにゃ」

「ですよね。私もそうですよ。でも、ね……?」

私はぬいぐるみたちに視線を送る。彼らは、3兄弟らしく、長男のティラノサウルスが名を「だいごろう」、次男のプラキオザウルスが「こたろう」、長女のステゴサウルスが「めめ」というらしい。

「つ、使い魔だって言うなら、何か魔法をみせてみるにゃ!」

「そ、それは……。できないよ……」

「どうして?」

「あの方がいなくなってから時間が経ちすぎてしまった。もうほとんど残っていない」

「そ、それなら信じられるわけないにゃ!」

「信じられないって、力貸してくれないの?」

「力を貸すってどうやって?」

「この喫茶店を一緒に立て直してほしいんだ」

魔女の意志を継ぐということは、つまりそういうことだろうと予想はできていたから、それほど驚かなかった。それはどうやら彼女も同じようだ。ただ、それを実現できるかといえば話は違う。20代前半という私たちが1軒のお店を立て直すなんて明らかに現実性を欠いていた。

「……できないよ」

数秒の間をおいて、私が口を開く。彼女も無言でうなずいた。

「え、いや、お願いします!」

まさか断れるなんて思っていなかったのかもしれない。こたろうが慌てたように頭を下げた。だいごろうもそれに続いて頭を下げる。

「いや、頭あげて。お願いされても……、無理だから」

1番はお金の問題。でも、それ以外にも今の仕事とか、そもそも喫茶店なんてどう経営すればいいのかわからない。2頭は困惑したようにしばらくの間、一生懸命事情を話していてくれたけれど、それを聞いても私には断ることしかできなかった。

そして、それからまもなく私たちは逃げ出すようにその喫茶店を後にした。


★ Nana Side
不思議な喫茶店を訪れたのが1週間前――。私は相変わらず、あのお店で働いていた。

「神田さん、お店の発展のためにいろいろとアイディアをくれるのは嬉しいけど、私はこんなの求めていないの」

仕事終わり、私は店長室に呼び出されていた。椅子に深く腰掛けた店長がぐいっと書類を差し出す。それは私が1か月前に作成したイベントの企画書。多くのお客様をお招きして紅茶について語る会を催すというもの。会話をのんびりと楽しむためのイベントだった。


「来月は、ファン投票をすることにしたわ。チェキを1枚撮ることで、その子に投票したことになるの。1位になったら、投票してくれた人みんなに特別なブロマイドを配るから、あなたも頑張りなさい」

「……はい」

自分のお気に入りの子にスポットライトをあてたいというファンの方の気持ちさえ、店長にはお金儲けの道具となる。
いったいどれだけのお金を使うことになるんだろう。「頑張りなさい」という言葉がなんだかすごく重たく感じた。

自分でお店を開くことができたなら、もっとお客様が無理せずに楽しめる場所を提供できるんだろうか。店長がお店の発展の重要性を延々と説く中で、私は彼らの話を思い浮かべていた。いずれ自分のお店を開くつもりで貯めていたお金があるから、必要なのは、一歩を踏み出す勇気だけ。……何かきっかけさえあれば。

「聞いてるの? メイドカフェなんて所詮風俗店。オンナを売ってるんだから、それなりのお金はもらわないとね」

……きっかけは思っていたよりも早く与えられた。


「……やめます、私」
「え?」
「風俗店で働くつもりはありません。私が売りたいのは夢。みんなが笑顔になれる場所を提供したい。いままでありがとうございました」

店長は私の突然の行動に何かを言っていたようだけど、もうその言葉に耳を傾ける気はない。短く一礼だけすると、私は店長室のドアを閉めた。

―― 明日、さっそくあのお店に行こう。

私はいつもより早い時間に目覚まし時計をセットして、ベッドに横になった。無職になったはずなのに、私が感じていたのは不安ではなく、これからの生活に対する希望。ようやく好きなことができる。胸が弾んで、しばらく眠りにつくことができなかった。

カランカランというその音は、あの時よりも心地よく響いた。
「ナナーーーー!!」

ドアを開けるなり、めめが私の前に飛んでくる。あの時は不気味でしかなかったのに、今は不思議と腕に抱きつく彼女を愛しいと感じていた。

「めめ、久しぶりにゃん。待たせてごめんにゃ?」
「待ってたよぉ~~~!」

もう片方の腕にだいごろうが抱きつく。
「決心してくださったのですか?」
こたろうの目を見て、静かに頷く。ちょうどそのとき、再びベルが鳴った。現れたのは――。坂木さんだった。


☆ Risa Side

無理だと頭ではわかっているのに、この1週間「やってみたい!」という思いが消えなかった。自分の限界に挑戦してみたい、それがカフェをオープンするというものなら、ますます興味を惹かれる。あのドアに再び手をかけたのは、そんな迷いの末だった――。

「坂木さん……?」
ドキドキしながらドアを開けると、目に入ってきたのは、神田さんがめめちゃんやだいごろうくんと戯れている和やかな光景だった。

「え……」
「あ、私も今来たところだにゃ。坂木さんも一緒にやってくれるかにゃ?」
「ふふふ、はい!」

私は気負いすぎだったのかもしれない。私の好きな喫茶店、それはウエイトレスさんもとても楽しそうに働いているところ。今度は私がお店を開くんだから、楽しまなくちゃ。

「りさちゃんもこっちに来るにゃー! これからのことを話し合うんだにゃん」

いつのまにかテーブルについていた神田さんが手招きをしている。

そして、私たちはこれからのことをとことん話し合った。それこそ、時間も忘れて。

このお店には喫茶店を開くためのものがひととおり揃っているから、新たに購入すべきものは今のところないそうだ。それにナナちゃんはメイドカフェで働いていたことがあるようで、お店をやっていくうえで必要なこともちゃんと把握してくれていた。お店をやるとなると、会計の知識が必要だけれど、幸いその部分については私が知っている。


――お店を開くのは、思っていた以上に難しくなさそうだ。

それから私たちはお店のレイアウトを決めたり、メニューを考案したり、オープンを知らせる広告を作成したり、と慌ただしく過ごした。仕事を続けている私と違って、ナナちゃんは仕事をすでにやめたらしく、平日のお昼にはナナちゃんが大活躍してくれた。
申し訳なくも感じたけれど、彼女が笑顔で「平気♪ 平気♪」と言ってくれたから、甘えさせてもらうことにしたんだ。

私たちが1番盛り上がったのは制服選び。パソコン画面の前に2人で座って、私たちは「これ可愛い!」、「着たい!」なんて盛り上がった。それで選んだのは、大きなリボンのついたメイド服。
しかも、うさみみ、しっぽのおまけつき。エプロンとカチューシャに星がちりばめられていて、これからの希望を暗示してくれているみたいだ。色は優しいパステルカラーで、ナナちゃんがブルー、私はピンクだ。

実際に商品を受け取ってみると、これまでメイド服を着て働いていたナナちゃんと違って、私には気恥ずかしさもあったけれど、彼女と2人で写真を撮っていると、そんな戸惑いはどこかに消えていた。
これでお客様を迎えて、笑顔にする。

「頑張ろうね」
そう微笑むと、彼女もまた「頑張るにゃ!」と微笑んでくれた。


オープン当日――。

「き、来てくれるかにゃ……?」
30分前、私たちは2人で制服に身を包んで、オープンを待っていた。

「大丈夫、大丈夫」
彼女と自分に言い聞かせるように、小さく何度か繰り返す。
「緊張する~~」

「わ、私たちは隠れているだけだもん。だ、大丈夫よ」
「そういうめめも声震えているよ」
「だってぇ~~~……」
だいごろうくんたちは、私たち以上に緊張しているみたいで、言葉どおりわたわたしていた。めめちゃんに至っては、落ち着かないのか入り口から調理場の方までを行ったり来たりしている。その調子だとオープンまでにすっかり疲れてしまいそうなんだけれども。

カランカラン――。

彼女が訪れたのは、そんなとき。
このお店の最初のお客様だった。
「あ、す、すみません。まだオープンまでは時間が……」
「もう1度このドアを開く日が来るなんて……」


原作 秋葉るき
小説 村島モモ