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☆ Risa Side
私――坂木理沙――は、派遣で働く22歳。派遣先には、イヤ~な上司がいることもあるけど、今私にできることを私なりに精一杯頑張ってます!私が頑張れる理由の1つが、休日に行く、カフェ巡り。お気に入りのお店でのんびりと過ごすのも良いけど、1週間に1度は、新しいお店を開拓することにしてる。明日がその日――。
私は指示されたデータをパソコンに打ち込みながら、明日行く予定の場所に思いを馳せていた。お風呂上りにベッドの上で携帯を眺めているときに見つけた、1件のツイート。最近フォローしたばかりのそのアカウントからは、こんな文章が投稿されていた。
『コーヒーとケーキが美味しいオススメのお店。店内は優しい雰囲気に包まれていて、時間を忘れたかのように、何時間でも過ごせるよ。住所は~。ぜひ行ってみて』
お店の名前で検索してみたけれど、ホームページは見つからなかった。有名なカフェはほとんど何かしら情報が見つかるから、新しくできたばかりの穴場スポットということだろうか。そもそも本当にあるのか、いたずらなのかわからないけれど、いたずらなら近くの別のお店に行けばいいだけのこと。私の中に行かないという選択肢はなかった。
携帯を片手に、その住所へたどり着いた私の目に映ったのは――、小さなカフェ。電器店やアニメショップが立ち並ぶ中央通りを抜けたところにあるそのお店は、まるでおとぎ話に登場する小さな家みたいで、どこか異国の雰囲気が漂っていた。どういう訳か店内は少し薄暗いけれど、看板が出ている所を見ると、定休日というわけではなさそうだ。
「入っていいのかな……」
誰かに許可を得るかのように自問自答してから、ゆっくりとその扉を開いた。ギィーっと重い扉を開くと、カランカランと心地よい鈴の音がした。
秋葉原なだけに、「おかえりなさいませ、お嬢様」、そんな声が聞こえてきてもよさそうなのに、出迎えてくれる人は一向に現れない。やはり定休日だったのだろうか、出直した方がよさそうかなと後ろを振り返ると、ちょうど私と同じようにこのお店に入ってきた女性がいた。


★ Nana Side
「おかえりなさいませだにゃん! ご主人様♪」
 ぴょんと飛び跳ねて、可愛くお辞儀。今日はこのお店でイベントが行われる。それは、私――神田奈々――が主役のイベント! だから、特別感を演出したくて、フリルの可愛いこの制服に合った挨拶を自分で考えてみたんだ。
「誕生日おめでとう、ナナちゃん」
 常連のご主人様がリボンのついた大きなくまのぬいぐるみをあたしに手渡してくれる。
「わー、覚えてくれてたのだにゃん~~~!」
 それは1か月前、欲しいものを尋ねられた私が答えたもの。私は両腕でギューっと抱きしめる。頬に触れるふかふかな毛並みが気持ちいい。
「ご主人様おひとりさまご案内ですにゃーん!」
「「「おかえりなさいませぇぇぇ♪」」」
 私はご主人様をいつもの席に案内し、注文を受ける。
「あ、…………、ごめん、あの、コーヒーとケーキもらえる?」
「はい!」
 ご主人様が申し訳なさそうにしている理由は知っている。このお店では、お気に入りの子の誕生日イベントには1番高いシャンパンを注文することが慣習になっている。けど、このご主人様はあまりお酒に強くないから、3万円もするシャンパンを頼むのは躊躇われるんだろう。当然だと思う。だから、私はご主人様にこれ以上気を遣わせないように明るく答えた。
でも……、店長には快く受け入れてもらえなかった。視線で裏に呼ばれた私は、「わかってる? 今日はあなたの誕生日イベントなのよ。とれるだけとりなさい」、そんな注意を受けた。注文直後にお店から姿を消せば、何が起きたかはお客様にも伝わってしまうだろう。戻ってきた私をそのご主人様が呼び止めた。
「ナナちゃん、ごめん、やっぱりシャンパン飲みたいな! いいかな?」
「え……」
 さっきの態度とは違い、明るく注文される。
「誕生日なんだから、盛大に盛り上がらないとね!」
「でも……」
 このお店では、ご主人様の“好意”を断れば叱られてしまう。「そんなに気を遣わないでください」、のど元まで出かけた言葉を私は口にすることができずにいた。やがて店長がシャンパンを運んできてしまう。どうしたらいいのかわからず、ただその場に立っているだけの私をよそに、周囲はパーティームードに包まれていく。同僚の誰かが店内のBGMを変え、みんなでご主人様と私を取り囲む。……笑顔をみせなくちゃ。
「お誕生日のナナちゃんに、ご主人様からシャンパンをいただきましたぁぁぁぁ♪みんなでおうたをうたいまぁす! はっぴばーすでーとぅーゆー♪ ――」
ご主人様もみんなにあわせて手拍子をしてくれる。その笑顔には何一つ曇りがないようにみるけれど、本当に……?
「ほら、ナナちゃん、せっかくご主人様があなたの誕生日をお祝いしてくださるんだから、そのご厚意に甘えさせていただきなさい。お注ぎして」
「……はいにゃん」
 指示されるまま私は、ご主人様のグラスにシャンパンを注ぐ。そして、自分のグラスにも注ぎ、「乾杯」と笑顔でグラスを掲げる。私がこのテーブルにいられるのは、シャンパンを飲み終えるまで。それを飲み干せば、私は別のご主人様のところへ行かなければならなくなる。そんな短時間のことのために、3万円も出してくれたのだと思うと、胸が痛んだ。
 帰り際、そのご主人様は困ったように微笑んで、「ごめん、しばらく来れなくなるけど、俺のこと、忘れないでね?」、そう囁いた。「もちろんですよ!」、そう笑顔で返すけれど、内心、やっぱり無理させていたんだと寂しくなった。
 メイドさんの接客するお店で働くことは私にとって天職だって思ってる。可愛い制服を着て、ご主人様とお話しして、可愛い料理を食べてもらって――。でも、このお店は私に合わない。私はもっとご主人様たちとの距離が近くて、無理をさせないお店で働きたい。そんなお店、どこかにないものか……。誕生日イベントは楽しかったけど、私服に着替えると急に気分が落ち込んで、私はため息をついた。そのとき、携帯がぶるるっと震えて、メールが届いたことを知らせる。登録していたサイトから求人情報が届いたみたいだ。
「へぇー、こんなお店あったんだ」
 メールに記載されたお店は、ここからわずか10分ほどの距離にある。そんなに近いなら噂の1つ聞いていてもおかしくないのに、初めて聞く名前だった。行ってみるかな、このお店に若干うんざりしていた私は、明日さっそく、そのお店に行くことにした。
 カランカラン――。
 お店のドアを開けると、今お店に来たばかりなのか、入り口付近に女性が立っていた。

☆ Risa Side
 「あなたは……?」
 状況を把握できていないのは、きっとこの人も同じだろう。その証拠に、ドアのノブに手をかけたまま、固まってしまっている。でも、そう尋ねずにはいられなかった。……ひょっとしたら、このお店の関係者の人かもしれないし。
 「あ。私、このお店の求人情報見て……。あなたは?」
 「え。あ、私は、このお店の評判を聞いて……」
 どうやら2人ともこのお店には初めて来たらしい。心細さを同じように抱いていることを知ったからなのか、私たちはどちらかということもなく、歩み寄り距離を縮めた。
 「けど、変ですよね。まるでつぶれちゃったお店みたい……」
 店内が薄暗いというだけではない。壁にかけてあるポスターが見知らぬキャラクターのものだったり、遠くにみえる木製の食器棚がほこりをかぶっていそうだったり、真ん中にある時計の針が止まっていたり。なんだかこのお店はおかしなところだらけだ。
 テーブルの上に置かれたメニューを手に取ると、古ぼけたそれに書かれていたのは一文だけ。「メニューはあなたが作るもの」。
 「まるで……、時間が止まっちゃってるみたい」
 目の前の女性が私の抱いた疑問を口にする。もし私1人だけなら、気持ち悪がってこのまま帰っただろう。けれど、今私たちは2人いる。お互いに顔を見合わせ、同じことを考えていることを確認し合うと、私たちは店内に足を踏み入れていった。
「あのー……、誰かいませんかー?」
「入りますよぉー……?」
 こういう時、体をかがめてしまうのはどうしてなんだろう。腰を曲げ、頭を低くした状態で、私たちはどんどん奥まで進んでいった。
「なんだか私たち、どろぼうみたい?」
「あはは……、ですよねー」
 無音の中いろいろ見て回るのは、ますます罪悪感に囚われそうで、私は冗談めかした。けど、今さっき会ったばかりで、まだ互いの名前すらも知らない人と会話が発展するはずもなく、再び私たちの間には沈黙が訪れる。
 調理室らしき部屋を覗いてみる、その瞬間だった――。
「ふぇぇぇぇ!!!?」
 彼女が私の服を強く引っ張る。
「え、どうしたんですか?」
「今、何か音がしませんでしたか?」
「どんな?」
「ガサゴソっていう……。にゃに!?」
「ネズミ、とか?」
「え、イヤイヤイヤ」
「あ、いえ、わからないですけどね。わかりました、じゃあ、私、見てきます」
 私もネズミや黒いアレを見て悲鳴をあげないというわけではないけれど、今にもパニックに陥ってしまいそうな彼女を見ていると、しっかりしなくちゃ! という気になった。……ただ、私には何の音も聞こえていないんだけれども。
 彼女をそこに残して、1人でその部屋に入っていくと、私の中でも次第に恐怖心が大きくなってくる。立ち止まり耳を澄ませると、聞こえてきたのは――話し声? 彼女が私に何か伝えようとしているんだろうか。いや、たぶん、この段ボールの中から聞こえる。声が小さくて何を言おうとしているのかわからないけれど、たぶん、この中から……。戻ろうかとも思ったが、勇気を出してその箱を開けてみると私の目にも「何か」が映った。
「ひゃっ!!!?」
 今、見えたのは――錯覚?
「ど、どうしたんですか!?」
 彼女が慌てたように駆けつけてくれた。
「ご、ごめんなさい。たぶん、見間違えだと思うんですけど……、今、恐竜のぬいぐるみが私を見て手を振ったような気がして……」
「え……?」
 自分でも自分が何を言っているかわからない。「ぬいぐるみが手を振った」、もしそれが現実に起こり得るなら、「ぬいぐるみ“の”手を振った」という表現が適切だろう。でも、段ボールの中にその手を振る人物がいるはずはない。
「ば、ばか、めめ。こういうのは、もっと順番を大切に……」
「いいじゃん、別に。彼女たちだよ、この店に来る2人組っていうのは」
「まだわからないだろ」
「怖い人じゃないのかな……、このお店、大切にしてくれるのかな?」
「そうだよ、だってあの人がそう言ってたじゃない。このお店を助けてくれる人がいつか扉を開いてくれるってさ」
 私たちは顔を見合わせる。彼女の口は動いていない、もちろん、私の口も。私たち以外の何ものかがこのお店の調理室にはいる。
「だ、誰かいるんですか?」
 精一杯虚勢を張って、私は声を投げかけた。返ってきたのは――――、というより、現れたのは――、3体の恐竜のぬいぐるみ。それらは確かに私たちの目の前で、宙に浮いている。
「はじめまして、私たちはこのお店の……」
 ガタっ。隣で床を打ち付けるような大きな音がした。何事かとその音がした方に顔を向け、その音の正体を理解する。それは、彼女が気絶して倒れこんだ音だったのだ。
「あ~ぁ、驚かせちゃった。ごめんね、って、キミは気絶しないでね?」
……私たちの開けた扉はどこへつながるものだったんだろう。


☆続く☆


原作 秋葉るき
小説 村島モモ